瀟洒な旧鹿児島紡績所技師館で明治日本の産業革命に触れてきました 鹿児島旅行⑤

鹿児島

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おはようございます!Micandaです。

今日は鹿児島旅行1日目の続きを綴ります。
鹿児島ラーメン、白熊(かき氷)とおいしい物をいただいた後はいよいよ観光です。
2015年に世界遺産登録された「明治日本の産業革命遺産」の1つである旧集成館のある磯地区へ向かいました。

磯地区

磯地区へは鹿児島中央駅からカゴシマシティービューという観光地巡りに便利なバスに乗っていきました。
目的地である磯地区の仙巌園前バス停までは約30分くらいで到着です。
途中、西郷隆盛の銅像が見えたり、西南戦争で薩摩軍が立てこもった洞窟の近くを通ったりします。

磯地区とはどんなところかと言いますと…

  • 薩摩藩を治めた島津家の19代藩主・光久公が建てた別邸・仙巌園(せんがんえん)
  • 「明治日本の産業革命遺産」の1つである旧集成館
  • 集成館事業のために招いたイギリス人技術者の宿舎として建てられた旧鹿児島紡績所技師館(異人館)
  • 薩摩切子工場と薩摩切子のギャラリーショップ
  • 島津家歴代の当主や家族を祀る鶴嶺神社(つるがねじんじゃ)

などがある地区です。

集成館事業とは

「集成館事業ってなんだろう?」ですよね??? ←自分が知らないかったので、他の人も仲間に引き込もうとするMicanda💦
いただいた『かごしま世界遺産の散歩道』という資料に分かりやすく説明されているので引用します。

集成館事業

幕末の薩摩藩は欧米列強のアジア進出に危機感を抱き、いちはやく対応しようと試みた。中でも島津斉彬は産業や軍備の近代化が急務であると考え、富国強兵と殖産興業を唱えたのである。集成館事業はその具体策として計画され、製鉄やガラス、陶器、薬品、織物などの製造をはじめ、艦船の建造、大砲などの武器製造や蒸気機関、電信、写真などの技術開発に至るまで幅広く研究、製造を試みた。これらの研究、生産施設群は1850年代初頭から1860年代という極めて短い期間に整備、構築されている。
集成館事業はまさしくわが国における産業革命のさきがけであり、関連する遺産群は日本近代化の源となった大事業の痕跡を未来に伝えるものである。

1865年 薩摩藩はイギリスに視察団と留学生を派遣し、その際に紡績機械を買い付ました。
そして、近代的紡績工場を操業できるよう準備と指導をしてもらうため、イギリス人技師を鹿児島に招きました。
今回訪ねた旧鹿児島紡績所技師館(異人館)はイギリス人技師の生活の場として建設されました。

旧鹿児島紡績所技師館(異人館)

まず私たちは仙巌園前バス停から徒歩で5分ほど歩いたところにある旧鹿児島紡績所技師館へ行きました。

向かう途中に明治天皇が磯地区にいらっしゃった記念の石碑がありました。

イギリス人技師の帰国後に大砲製造所となっていた旧鹿児島紡績所技師館ですが、明治天皇がいらっしゃった際には昼食会場として使用されたそうです。

少し道に迷いながらも到着です。

外観

木造瓦葺きでおしゃれなコロニアル調の建物です。

2階の壁のすぐ内側は廊下になっているのですが、イギリス人技師が生活していた頃は廊下部分は壁がなく、ベランダになっていたそうです。
2階部分も1階のような造りになっていたと言った方が分かりやすいですかね。

館内

館内は1階が4部屋、2階が3部屋ありました。
建物の外観だけでなく、各部屋の天井には角に透かし彫り装飾がされていたりとオシャレな造りになっていました。
館内は撮影禁止なので、その様子を画像でお見せできないのが残念です。

1階

1階の間取りはこんな風になっています。(旧鹿児島紡績所技師館パンフレットに載っていた図)


異人館の玄関を入ってすぐ右側の部屋(図の①の部屋)は明治5年の集成館の様子を模型と写真で学べるようになっています。
現存していない鹿児島紡績所や周辺の様子がどんな感じだったのか分かりやすかったです。

左側の部屋(②の部屋)はシアタールームになっており、集成館事業について映像で学べるようになっています。
映像で解説してもらえると旅行中の疲れている時でも頭に入り易くていいですね。

シアタールームのお隣の部屋(③の部屋)は異人館の建設の経緯や島津斉彬の時代の水車駆動大幅織り機を復元したものが展示されていました。

そして④の部屋は異人館の建築様式や移り変わりについての展示室です。
異人館はイギリス技師が帰国後、西南戦争の仮病院になったり、学校の校舎になったり、第二次世界大戦後は連合軍に接収されたりしました。
この部屋は学校時代には教師の宿直室として使われていたので、小上がりになった畳部分があります。
それと、異人館はイギリス人の設計と推測されているのですが、作ったのは日本人の大工さんだったのでドアノブが低い位置についています。
昔の日本人は襖を開ける時は座って行っていたので、低い位置に付けたようです。
小柄な私でもドアノブを低く感じたので、イギリス人技師は使いにくかったでしょうね。

2階

階段を上って二階へ…
洋館の階段はオシャレで絵になりますね。
日の光が差し込む明るくて広い階段でした。

2階の間取りはこんな感じです。

⑥と⑦の部屋はイギリス人技師が生活していた頃の様子を再現しています。
アンティーク家具を置いて再現しているので、建物の雰囲気に馴染んでました。

そして⑤の部屋は明治日本の産業革命遺産と集成館事業を映像や模型などで解説してありました。

そして⑧の部分は回廊になっており、窓からは磯地区の風景を眺めることができます。
建てられた頃は回廊は建具がなくバルコニーになっていたので、⑤、⑥、⑦の部屋に窓がついています。
途中で回廊も室内になったので、回廊にも窓ガラスがはめられているのですが、窓ガラスははめられた当時のガラスが今もはまっています。
ガラスに気泡が入っており、「この気泡は明治時代の空気が入っているんですよ」という館内ガイドさんの言葉にロマンのようなものを感じました。
気泡が入っていたり、うねったような模様が入った異人館のガラスを見て、現代のガラスのすばらしい透過性に感心するとともに、昔のガラスは透過性に関しては完ぺきではないけれど味があってこれもまたいいなぁ~と思いました。

館内ガイドさんに館内を説明をしていただいて、私たちだけでは気けなかったようなことも学べてよかったです。

旧鹿児島紡績所技師館(異人館)について詳しくはこちら→旧鹿児島紡績所技師館(異人館)ウェブサイト

 

異人館の歴史を学んだお次は…

名物 両棒餅(ぢゃんぼもち)を食べに行きました!
ラーメンと白熊を食べたばかりですが…
でも名物は食べておかないと絶対に後悔するので、しっかりと食べてきましたよ。
しかも2軒で!
なので、次回は両棒餅を食べ比べたお話です。

今日も最後までお付き合いくださりありがとうございました。
それではまた…

Posted by Micanda