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旅行計画 フランス編⑫ ~愛憎渦巻く美しき城、シュノンソー城へ~

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おはようございます!Micandaです。
今日はフランス旅行計画7日目を綴ります。
地球の歩き方’15~’16、BS11 古城のまなざし、テレビ東京 美の巨人たちを参考に綴ります。
電車の時刻は現在(2016年11月)のものです。

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日程表 7日目 2018年7月5日

ホテル➡ナント駅➡トゥール駅➡ホテル➡トゥール駅➡シュノンソー駅➡シュノンソー城➡ル・クロ・リュセ➡アンボワーズ城➡アンボワーズ駅➡トゥール駅➡ホテル

ナントからトゥールへ

この日はかなり早起きしてナント駅を5:55に出発します。
5:55にナント駅出発のTGVに乗り、7:25にル・マンに到着。
7:39発のTERに乗り、8:38にトゥールに到着です。
(TGVは日本の新幹線のような高速列車で、TERは日本のJRの在来線のように地方間を結ぶ電車です。)

この日もTGVの中で朝食です。
1時間30分あるので、ゆっくり朝食が食べられそうです。
トゥールへ着いたらホテルで荷物を預かってもらってまた移動です。
トゥールで1泊して、ロワール地方のお城巡りをしたいと思います。

トゥールからシュノンソーへ

9:58トゥール発のTERでシュノンソーへ向かいます。
10:24にシュノンソーに到着です。
シュノンソー城は無人駅だそうです。

駅から約5分のところに目的地、シュノンソー城があります。
町並みを楽しみながらシュノンソー城へ行こうと思います。

シュノンソー城

Micandaがロワールのお城で一番行きたいお城です。
シュノンソー城は城主が全て女性という珍しいお城です。(「6人の女の城」とも呼ばれているとか。)
その為か、女性的で美しいお城なのです。

シュノンソー城の外観

guy_dugas / Pixabay

15~16世紀に増改築されて現在のお城の形になりました。

シュノンソー城で最も有名な城主が2代目のディアーヌ・ド・ポワチエと3代目のカトリーヌ・ド・メディシスです。

ディアーヌ・ド・ポワチエ

ディアーヌはスイスの名門貴族の娘でした。
とても美しい女性で、賢く、処世術にも長けていたそうです。
14歳の時、40歳年上の貴族と結婚しましたが、夫を38歳の時に亡くしました。
その後フランソワ1世により息子のアンリ2世の教育係りとして雇い入れられました。
アンリ2世は早くに母を亡くしており、20歳年上のディアーヌは母親のような存在でした。
しかし、アンリ2世のディアーヌを母親のように慕う気持ちは、後に愛情に変わっていったようです。

カトリーヌ・ド・メディシス

アンリ2世は15歳でイタリアの大富豪、メディチ家の娘(14歳)と結婚しました。
その女性がカトリーヌ・ド・メディシスです。
しかし、アンリ2世はカトリーヌにはまったく目もくれず、結婚後もディアーヌを愛しました。
アンリ2世が王に即位した後は政治の相談役になり、2人で政治を動かしていたそうです。
そんな様子を見てカトリーヌはディアーヌに嫉妬していたそうです。

アンリ2世のすごいプレゼント

そんなアンリ2世が愛人・ディアーヌにプレゼントしたのがシュノンソー城です。
ディアーヌはシェール川に浮かぶ城、シュノンソー城から対岸に架かる橋をかけました。
対岸にはアンリ2世と狩りを楽しんだ森があるそうですよ。

ちなみに、アンリ2世とディアーヌの様子をカトリーヌが嫉妬しながらも何も言えなかったのは、ディアーヌが王室に気に入られていたからだとか。

城主交代

しかし、ある事件をきっかけにカトリーヌがディアーヌから城主の座を奪い取ります。
王・アンリ2世が馬上槍試合中の事故により亡くなってしまったのです。
カトリーヌはアンリ2世の葬儀にディアーヌを立ち会わせず、その後も常に喪服で過ごすことで正妻としての姿をフランス中に見せつけたとか。
その後、カトリーヌは幼い息子の代わりに摂政として政治を動かしたそうです。

そんな中、真っ先に行ったのがディアーヌからシュノンソー城を取り上げることだったそうです。
(ディアーヌには代わりにロワール川近くの高台に建つ、ショーモン・シュル・ロワール城を与えたそうです。)

カトリーヌのステキな改装

カトリーヌがシュノンソー城に行った最も素晴らしい改築は、ディアーヌの架けた橋を回廊にしたことです。

シュノンソー城のディアーヌの架けた橋を回廊にした部分

edigirolamo78 / Pixabay

↑この部分です。
橋だった物を回廊に改装しています。

カトリーヌは故郷、フィレンツェにあるポンテ・ヴェッキオ(アルノ川に架かる橋)のような佇まいにしようとしました。

シュノンソー城の回廊を作るときに参考にされたフィレンツェにあるポンテ・ヴェッキオ

fstecca / Pixabay

↑これがポンテ・ヴェッキオです。

シュノンソー城の回廊は東西両方に窓があり、白い壁が光を反射して明るい回廊となっています。豪華ではないけれどセンスのいいシャンデリアがあり、床は白と黒のひし形模様でオシャレです。
カトリーヌは回廊の改築にとても力を入れ、この回廊で豪華な舞踏会を行っていたそうです。

回廊以外にもディアーヌのセンスが光る素敵な改装がなされているそうです。
また、ディアーヌが愛したお庭とカトリーヌが後から造ったお庭の両方が見られます。

カトリーヌはディアーヌに助けられていた?

カトリーヌはディアーヌに酷く嫉妬していたということですが、カトリーヌはディアーヌの姿を見て王室での対応を学んだり、子供がなかなかできなかったカトリーヌにディアーヌがアドバイスをしたりした話もあるそうです。
カトリーヌもただひたすらディアーヌを嫉妬して、憎んでいたわけではないかもしれませんね。

改築されるたびに美しく姿を変えていったシュノンソー城。
じっくり見に行きたいと思っています。

シュノンソー城からル・クロ・リュセへ移動

この間は電車が走っていないのでタクシーで移動したいと思っています。
フランスで2番目に人気のあるお城、シュノンソー城。
タクシーぐらい拾えるでしょう…(本当か???)
車で20分くらいの距離です。

長くなりそうなので、続きはまた次回…

今日も最後までお付き合いくださりありがとうございました。
それではまた…

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フランス

コメント

  1. Y子 より:

    ディアーヌは、アンリ2世から沢山の思い出と宝石を貰っていたから、自ら進んでカトリーヌに城を差し出して、アンリ2世を看取るべきでしたね。
    アンリ2世も、最愛の人に会いたいなら、シュノンソー城の新しい主人はカトリーヌとする勅命を出して、カトリーヌが喜んでディアーヌを呼び寄せるように、仕向けるべきでしたね。
    二人とも、カトリーヌを見下し要員にしていて、カトリーヌに頭を下げたくない見栄を張るから、最後は会えなかっただけです。
    自分を愛さない、何も与えてくれない、ケチな男の臨終なんて、好きで立ち会った訳ではないのに、最後の最後で愛人を遠ざけたことになってしまい、カトリーヌはとても悔しいと思っているでしょうね。

    • Micanda より:

      Y子さん
      こんばんは。コメントをくださり、ありがとうございます。
      王様と言えど(王様だからこそ)愛人を持つ身であれば、妻と愛人の双方への気遣いや思いやりは大切ですね。
      アンリ2世がもう少しカトリーヌを大切にして、ディアーヌにもカトリーヌへ敬意を払うよう促していれば、もう少し違っていたかもしれませんね。